2008年09月29日

園児用水路転落死事件

 千葉地判決平成20年3月27日判時2009号116頁(園児用水路転落溺死事件)は市立幼稚園の園児が園の敷地に沿って設置された用水路に転落して溺死したために両親が幼稚園と園長、教頭、および教諭らを訴えたという事件である。
 裁判所は次のように述べて市だけでなく教諭らの責任も認めた。

 なお、被告乙山、被告丙川、被告丁原及び被告戊田が、国家賠償法1条1項にいう「公共団体の公権力の行使に当たる公務員」に当たるかどうかを問題とする余地もないではないが、被告らが、甲田幼稚園において被告乙山、被告丙川、被告丁原及び被告戊田が関与して行った幼児保育が純然たる私経済作用としての性質を有することを積極的に争わず、民法の上記各規定に基づく責任を負うことを明らかに争わないから、被告らがこれらの責任を負うことを前提に判断する。
(同118頁)


 判決がいうように国賠法1条1項によって、「公共団体の公権力の行使に当る公務員」は直接の賠償責任を負わず、それらの公務員に代わって公共団体が賠償責任を負うことになる(同2項参照)。すなわち国賠法1条1項は、民法709条に基づく請求との関係では抗弁にあたるといえる。裁判所はこの抗弁が明らかに主張されていないから、抗弁については考慮せずに判断するといっているのだ。

(国賠法)
第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。


 しかしながら訴訟においては、事実の主張は当事者の責務であるが、法の適用は裁判所の職責である。この事件では被告らが市立幼稚園に勤める公務員であること、教育活動に従事していることなどはすでに主張されているようであるから、裁判所が「公共団体の公権力の行使に当る公務員」にあたるかどうかを判断するための材料となる事実はすでに当事者から提出されているように思える。もちろん抗弁には権利を行使するという明確な意思の表示がなければ法規の適用がなされないという権利主張抗弁といわれるものがある。しかし、国賠法1条1項は権利主張抗弁にはあたらないだろう。なぜならば、国賠法1条1項の趣旨は公務員が直接訴えられることを恐れて委縮し、国あるいは公共団体の活動が委縮しないように配慮するという公共性にあるのであるから、個々の公務員の私権というよりはむしろ公益に重点のおかれた規定であるといえるからである。そうであるならば上記の裁判所の判示は誤りであるというほかはない。そして最高裁判所が中学校教諭の指導などの教育活動に従事する公務員を「公権力の行使に当たる公務員」としていることからすれば、本件のような幼稚園の教諭についてもこれを区別する必要性は見いだせない。

 まあ、しかし裁判所の判断も疑問なのだけれど、被告側の代理人がなぜこの点について争わなかったのかも疑問なのだ。むしろ代理人がこの点をきちんとしていれば、このような判決が下されることもなかったといえるのかもしれない。

補足
 もっとも公務員の教育活動のみが直接の不法行為責任の追及から免れることができるという点については批判がある。公教育の教官の教育活動を私教育の教員の教育活動と区別する理由はないからだ。これはこれで重要な問題であるし、そのために裁判所が本件のような判断を下したともいえるのだけれど、本エントリの論旨がぼやけてしまうので今回は棚上げにしておく。
posted by battlerock at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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