2009年06月13日

プロタゴラスの逸話

 F・ハフト著「レトリック流法律学習法」(木鐸社,2003年),63頁で次のような逸話が紹介されている。

 エウアトゥルスは,プロタゴラスに対し,初めての訴訟で勝利したときに高額の授業料を払うことを約束した。プロタゴラスはエウアトゥルスを弟子として,教育をした。ところが教育が終わったのに,エウアトゥルスは訴訟をしようとしない。しびれを切らしたプロタゴラスは,エウアトゥルスに対して,契約に従って授業料の支払いを求める訴訟を提起した。
 プロタゴラスの勝利は確実であった。なぜならば,プロタゴラスが訴訟に勝利すれば,エウアトゥルスは判決に従って授業料を支払わなければならない。プロタゴラスが訴訟に負ければ,「初めての訴訟で勝利する」という条件が満たされて,やはりエウアトゥルスは授業料を支払わなければならない。
 これに対してエウアトゥルスは反論した。

「わたしは,決して授業料を支払わなくてもよい。なぜならば,この訴訟にわたしが勝てば,わたしは授業料を支払わなくてもよいとの判決を得たことになる。また,この訴訟にわたしが負ければ,最初の訴訟に勝利するという条件が満たされないため,契約は無効となるからだ」

 ハフトの紹介したこの話は,コラクスとティシアスの逸話として紹介されることも多いけど,どっちが本当なんだろう。そして誰が最初に取り違えたのだろう。

 ちなみにこの逸話を法的に再検証してみれば,やっぱりエウアトゥルスは分が悪い。訴訟を提起しないことによって条件の成就を妨害したともみれるから。
 純粋に論理的に考えてみると,この訴訟はプロタゴラスが負ける。まだエウアトゥルスは訴訟に勝利していないから,授業料を支払わなくてもよいとの判決が下る。しかしながら,当該判決によって条件は成就する。プロタゴラスはエウアトゥルスに対する勝訴判決が確定した時点で,もう一度訴訟を提起すればよい。今度はエウアトゥルスは敗訴することになる。どっちにしてもエウアトゥルスは分が悪い。
 やっぱり先生が勝ってしまうというわけだ。
posted by battlerock at 23:58| Comment(41) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

回答書の著作物性

 新聞販売黒書という大変に興味深いサイトがある。ただ著作権についての認識は少し間違っているようだ。
 このサイト主は読売新聞者から送付されてきた回答書なる書類をウェブに掲載し,読売新聞社から訴訟を提起されたらしい。いまだに係争中だが,どうやら一審は勝訴に終わったようだ。
 それについて,次のようにコメントしている。

 ところが、著作権法でいう著作物とは、「著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」である。従って回答書は著作物ではない。つまり催告書の内容はまったくのデタラメなのだ。


 回答書といえども常に著作物性が否定されるわけではない。この回答書の著作物性が否定されたのは,おそらくありきたりな表現を用いていたから創作性が否定されたためである。
 個性的な表現を用いていれば,おそらく著作物性は認められたであろう。そうしたら,裁判の結果は逆になっていたかもしれない。
 参考になる先例に「ラストメッセージin最終号事件」という事件があるから,判決文を読んでみるとよいだろう。

 しかしまあ,よく読んでみたら次のようにも書いてある。

 催告書の作成者を偽って裁判を起こしたのだから、弁護士の資質も問われるのではないかと、わたしは思う。


 ひょっとしたら著作者性が否定されたのかもとも思う。どうせなら1審の判決文も掲載してほしい。
posted by battlerock at 22:07| Comment(22) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

黙示の意思表示の主要事実

 黙示の意思表示をしたと主張する場合の主要事実は,黙示の意思表示をしたという評価ではなく,評価を基礎付ける具体的な事実(基礎付け事実)である。
 規範的要件とは異なり,評価障害事実は抗弁とはならない。
posted by battlerock at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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