2008年10月09日

動乱期はむしろ欧米に来ている

ようやく目当てのものが買えて国内で勝負ができるな(切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man's Blog)にこんなことが書いてある。

もう少ししたら、一生懸命買うよ。一年前だったら欲しくても買えなかったものが数分の一になってるし。あちこちに手を伸ばそう。私の人生で、こんなに大きい勉強のチャンスはたぶんもう来ない。日本にきた、久しぶりの動乱期だ。どんどん逝こうと思う。


 数年前も動乱期だったような気がするけれど。日経平均が7000円台になって、当時大臣の竹中平蔵が今買えば必ずもうかると発言して「株に絶対はない」と顰蹙を買ったのはそんなに昔の話ではない。
 久しぶりの動乱期は日本じゃなくて欧米に来てるんだろ。
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人の行く裏道行けば花の山

 こんな時に株買うバカって何なんでしょうね(アンカテ)にこんなことが書いてある。

どんなに暴落しても値がついている限り逆張りしてるバカがいるわけで、そういう人にとってはこれはチャンスなんです。株だけではなくて、給料や土地が下がることも「チャンス」と見て凄い勢いで動き出す人がいたりするわけです。そういうふうに変な見方をする人がいるってことが何となく頭に来てしまいますが、見方を変えて世界中全ての人が悲嘆にくれて絶望しているわけでは無いって思うと、何となく気持ちが明るくなりませんか?


 まあぶっちゃけると、100万株売りが出ているときに1000株だけ買いが入っても値はつく。しかも世の中にはインデックスファンドというのがあって、東証株価指数などの指数と連動するように運用成績をあげるファンドが存在するわけ。そういうファンドは手数料も安くてしかもほとんどのファンドマネージャーがインデックスの成績に勝てないという現実からしてもかなりお勧めで人気もあるファンドなんだけれど、相場がどんな状態であってもインデックスと連動させるために一定程度の売りや買いを自動的に行ってインデックスとポジションを連動させておく必要があるわけ。

 だから人はもうひとりも買っていなくて、コンピュータが自動で買っているだけで値がついている状態っていうのもありえなくはない。

 どう、暗くなった?
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女子高生を泣かせた9.11陰謀論とはどんなだ

 きくちゆみが立教女学院高等学校で911陰謀論の講演をしたらしい(幻影随想)は、9.11陰謀論をトンデモと切り捨てているけれど、どんな内容なんだろう。

 「911陰謀論がどれだけどうしようもない代物かをネタにする記事があるので、取り上げておこう。」なんて書いて親切なリンクを張ってくれているけれど、リンク先の文章はいかにも読みにくくて読む気がしない。

 女子高生を泣かせてしまうほどの陰謀論の内容をぜひとも知りたいものだ。

 Wikipediaで調べてみても、たくさんの説があって、どれが女子高生を泣かせたのかよくわからん。
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2008年10月08日

都立板橋高校事件控訴審判決の事実認定はヤバい

 ちょっと前の話だけど、ちょうど今回の判例時報に掲載されていたので。ICレコーダーも第三者的な立場の証人の証言もはねつけて「私止めました」と主張する教頭証言を採用する事実認定がやばすぐると思っていたら裁判長が須田……

 不当判決!「都立板橋高校卒業式君が代弾圧刑事事件」(JanJanニュース)
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相棒を見ていて思うこと

 『相棒』の杉下右京は犯人に「あなたは法を犯した。決して、許されることではありません!」とか言ってるけど、けっこう違法捜査してるよね。
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2008年10月07日

周辺治安を知るためのもっと確実な方法――レンタルビデオ屋では周辺治安は確認できない

 不動産屋が教えない、周辺治安を知るための重要なポイント(Automatons Hacking Guide)は、周辺の治安を確認するためにはレンタルビデオ屋の品揃えを見ればよいという。

 これは

 AVを見る客=犯罪者

 というような非常に牧歌的な人間観に基づいたライフハックだ。そもそも誰か相関関係を確認した研究者でもいるのだろうか。根拠として「レンタルビデオ屋におけるアダルトビデオのレンタル回数と性犯罪の発生率の相関関係」というような論文でもあげてあれば、なるほどさもありなんと思うのだけれど、単なる空想でこういうことを主張されると、「エロをばかにするな!」と怒鳴りつけたくなる。
 根拠がないなら例えばこういう主張もできる。

主張1:アダルトビデオを鑑賞している人間は鑑賞していない人間に比べてより適切に性欲を処理しているから、性犯罪に走る傾向が少ない。

 何らかの実証研究が根拠として示されたとしても、例えば次のようにも主張できる。

主張2:確かにアダルトビデオを鑑賞している人間は鑑賞していない人間に比べて性欲を刺激される回数が多く性犯罪に走る傾向が多い。しかし、近年は特に若年者にほとばしる性欲をインターネット上のコンテンツで処理する例が多くみられる。また高年者に比べて若年者の性欲の方が犯罪に直結しやすい。そのためレンタルビデオ屋のラインナップと犯罪発生率の相関関係は失われつつある。

 もうひとつ。確かに万引きは犯罪だ。だけど、万引きが多くても住むだけなら別に困らない。店をやるなら万引きはつらいけど。

 ようするに、エロ差別はやめてほしい。ついでにホラー差別も。いや、根拠はないんだけど。

 周辺治安が知りたければ、別にレンタルビデオ屋に行くまでもなく都道府県警の犯罪発生マップを確認すればよい。

 たとえば警視庁の犯罪発生マップはこんな感じ。

警視庁:犯罪発生マップ

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派遣の導入は企業のサービスレベルを低下させる

 バレる理由は3つとも同じ(Chikirinの日記)に次のように書かれている。

3つともね、「その組織が運営するために不可欠な人」を大事にしなくなったから、簡単に切ろうとするから、“裏切り行為に対する復讐行為”としての悪行の内部告発、内部リークが起こるわけです。

悪いことをしてずうっと隠したいなら、それにかかわった人は「一生めんどうをみる」ことが必要なわけ。使い捨ての派遣社員に不正を見せたらバレるでしょ、普通、って感じです。正社員だろうと力士だろうと、いったん不正を見せた人は一生抱え込むしかないわけです。簡単に“手切れ”はできないと思うべきだ。

愛人だって関係が続いてる間は週刊誌に手記を売ったりしませんよ、ってのと同じ。だからマフィア系ギャングだと「組織から抜けるときは命はないものと思え」を徹底するわけでしょ。


 ここで取り上げられているのは不正だけれど、おそらく企業内部にいる人間のモラルも相当低下しているのではないだろうか。いまや一流企業も、その会社に所属する人のモラルではなく、日本人のモラルに依存している。社員ということになれば自分の働いている企業あるいは働いていた企業に対する評価というのは自分に対する評価と密接に関連するから、企業のサービスを高いレベルで維持しようという動機がある。これに対して派遣社員にはそのような動機はほとんど働かない。他の人間に仕事を教えたり、ドキュメントを整備したり、引き継ぎをする動機もないから、会社にノウハウも蓄積されない。最近大手IT企業のサービスのレベルがすごく下がっているのもここら辺に理由があるような気がしなくもない。
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2008年10月06日

町山智浩は現代のソクラテスだった

 オイラはバカだが、バカであることを知っているし、公言もしている。自分が利口だと思って他人をバカにしまくるバカよりよっぽどマシだと思うよ。
唐沢俊一の知ったかぶりには堪忍袋の緒が切れた(ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記)


 す、すごい。これぞ無知の知……

 ちなみに私は何も知らないなどとすっとぼけていたソクラテスは、友人カレイフォンがデルフォイでソクラテス以上の賢者があるかと伺いを立てて、一人もいないという神託を得たなどという話を吹聴している(プラトン著『ソクラテスの弁明』(岩波文庫、1927)、23頁)。だから町山が「よっぽどマシ」なんて言っちゃってるのもすごくソクラテスっぽい。

追記
 誤記があったので修正した。
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暴力団が法律勉強したっていいじゃない

 暴力団「法の抜け穴勉強会」 対策法改正で3大組織(asahi.com)には、暴力団が法律を学ぶことがまるで悪いことでもあるかのように書かれている。

 民法の代表的な教科書のひとつである山田卓生ほか『民法T――総則(第3版補訂)』(有斐閣、2007)は「法を学ぶというと,何か悪いことをするために,法の抜け穴でも研究しようと思われねない。」という一文ではじまる。どうやら世間では暴力団に限らず法律を学ぶというのは悪いことであると考えられているらしい。

 たとえばサッカーについて考えてみよう。反則上等ルール無用のチームが突然熱心にルールブックを勉強しはじめる。審判の目の前でのラフプレイやオフサイドをしなくなって、逆にオフサイドトラップをしかけてくるようになる。たしかにオフサイドトラップをかけられるとムカつく。だけどまあ、それって一応アリじゃないの。むしろお互いゲームが楽しめるようになるじゃない。多少は隠れてラフなプレイがあったとしても。

 それでさ。法律って人生のルールブックじゃなかったっけ。だったら、暴力団が勉強したっていいじゃない。
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2008年10月05日

googleが撮影しながら私道を通ると違法なのか

グーグル社曰く「撮影作業員は公道私道を区別するデータを持たずに走行している」(高木浩光@自宅の日記)によると、googleストリートビューの話でgoogleの社員を問い詰めた人がいるようだ。

 その問題意識の背後には、撮影しながら私道を通るのは違法であるという考えがあると思うのだけれど、本当だろうか。微妙な問題すぎるのだけれど、即違法とはいえないだろう。おそらく個人がホームビデオでやるレベルならばほとんど適法になるだろう。悩ましいポイントはgoogleの行為が大規模すぎるという点であって、公道か私道かという点にさほど違いがあるとも思えない。もちろん公道と接続されていない私道は別としても、土木事務所に行かなくちゃわからないレベルの私道であれば、問題にはならないように思う。

 私道は違法と考えている方は、どういう根拠でそう考えるのだろうか。
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民事訴訟の目的

 民事訴訟の目的といえば、通説的な見解はこれを紛争解決にあると考える。これに対する批判は紛争が解決しさえすれば法に適わない内容の解決でもよいということになってしまうのではないかという点にある。
 これに対してはたとえば法的紛争解決説は、法に適った紛争の解決が目的であるとする。確かに民事訴訟法の内部で自己完結する論理的な体系を組み立てようとするならば、このような批判はありえる。しかし民事訴訟は法システムの一部にすぎないのだから、あえて法的紛争解決などといわなくとも、適法な解決しか許されないのは当然であるといえるのではないだろうか。
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レジティマシー

 レジティマシー(Legitimacy)とは、英語で正統性のことをいう。
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ポレミッシュ

 ポレミッシュ(ポレーミッシュ、polemisch)とは、ドイツ語で「論争的な」あるいは「攻撃的な」という意味である。
 法学者がたまに使っているが、インターネットでの検索にもほとんどひっかからない。ドイツ語に堪能な相手にしか通じないものと思われる。
posted by battlerock at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

被疑者の勾留状謄本請求権の根拠

 刑事訴訟規則302条及び74条だそうだ。

(勾引状、勾留状の謄本交付の請求)
第七十四条 勾引状又は勾留状の執行を受けた被告人は、その謄本の交付を請求することができる。

(裁判官の権限)
第三百二条 法において裁判所若しくは裁判長と同一の権限を有するものとされ、裁判所がする処分に関する規定の準用があるものとされ、又は裁判所若しくは裁判長に属する処分をすることができるものとされている受命裁判官、受託裁判官その他の裁判官は、その処分に関しては、この規則においても、同様である。
2 法第二百二十四条又は第二百二十五条の請求を受けた裁判官は、その処分に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。


 刑事訴訟関係の規定は準用が読みにくい。 
posted by battlerock at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月04日

慣習法と事実たる慣習

 田中成明は慣習について法例2条(現在の通則法3条)と民法92条の関係について次のように論じている。

この慣習は(引用者注:民法92条の慣習)一般に,法例2条などの慣習法と区別して,事実たる慣習と呼ばれ,両者を区別するメルクマールを法的確信の有無に求めるのが従来の通説であった。だが法的確信の有無による区別は実際上きわめて困難であり,また,法的確信を伴わないたんなる事実たる慣習が任意規定にも優先することは,法的確信を伴ったより安定した慣習法についてこれを認めない法例2条の規定と矛盾する。
田中成明『法理学講義』(有斐閣、1994年)


 しかし通説に対するこの批判は的外れである。通則法3条と民法92条の規定を見ていただきたい。

法の適用に関する通則法
(法律と同一の効力を有する慣習)
第3条  公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。

民法
(任意規定と異なる慣習)
第92条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。


 通則法3条のいわゆる慣習法は、当事者の合意の有無にかかわらず慣習が適用される場合を規定している。それに対して民法92条は「当事者が慣習による意思を有しているものと認められるとき」にだけ適用される。
 考えてみれば民法92条はあたりまえのことを規定しているにすぎない。むしろ民法91条があれば92条は存在していなくてもよいとも考えられる。

(任意規定と異なる意思表示)
第91条 法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。


 民法92条はあくまで当事者の意思に従うことを定めているにすぎないのだから、慣習の当事者に対する拘束はきわめてゆるやかである。これに対して通則法3条の慣習には、当事者の合意にかかわらず法律と同一の効果が認められる。これは非常に強い規律である。通説が民法92条の慣習を事実たる慣習とし、通則法3条の慣習を慣習法として両者にはその慣習としての法的確信の有無に違いがあるという理由はここにある。

 田中は「法的確信を伴わないたんなる事実たる慣習が任意規定にも優先することは,法的確信を伴ったより安定した慣習法についてこれを認めない法例2条の規定と矛盾する」とするけれども、慣習法にあたるような法的確信を持った慣習が法例にこれと異なる規定があるために通則法3条(法例2条)によっては慣習法としての効力を有しない場合であっても、当事者にその慣習による意思が認められれば、任意規定に優先してその慣習が適用されるのだから、矛盾はない。もっとも別の任意規定があるのに、これと異なる内容の慣習が法的確信までも伴うケースというのはほとんど考慮する必要がないから、民法92条の慣習は単に「事実たる慣習」と考えておけばよい。

 田中の「法的確信の有無による区別は実際上きわめて困難」という批判も的外れである。というのは、まず民法92条を適用するにあたって法的確信があるかということを判断する必要はない。単に慣習の有無を判断すればよい。通則法3条の適用においては法的確信の有無を判断する必要があるが、当事者の意思が認められる民法92条の場合と異なって、通則法3条のケースでは当事者には慣習に依るという意思がないのである。そうであるならば、その場合に適用される慣習を民法92条によって適用される慣習と全く同じように考えることはできないだろう。同じ慣習でも民法92条によって適用される慣習は通則法3条の慣習よりも広くなりうるという可能性を通説は法的確信の有無による違いがあると説明しているのである。 
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2008年09月29日

園児用水路転落死事件

 千葉地判決平成20年3月27日判時2009号116頁(園児用水路転落溺死事件)は市立幼稚園の園児が園の敷地に沿って設置された用水路に転落して溺死したために両親が幼稚園と園長、教頭、および教諭らを訴えたという事件である。
 裁判所は次のように述べて市だけでなく教諭らの責任も認めた。

 なお、被告乙山、被告丙川、被告丁原及び被告戊田が、国家賠償法1条1項にいう「公共団体の公権力の行使に当たる公務員」に当たるかどうかを問題とする余地もないではないが、被告らが、甲田幼稚園において被告乙山、被告丙川、被告丁原及び被告戊田が関与して行った幼児保育が純然たる私経済作用としての性質を有することを積極的に争わず、民法の上記各規定に基づく責任を負うことを明らかに争わないから、被告らがこれらの責任を負うことを前提に判断する。
(同118頁)


 判決がいうように国賠法1条1項によって、「公共団体の公権力の行使に当る公務員」は直接の賠償責任を負わず、それらの公務員に代わって公共団体が賠償責任を負うことになる(同2項参照)。すなわち国賠法1条1項は、民法709条に基づく請求との関係では抗弁にあたるといえる。裁判所はこの抗弁が明らかに主張されていないから、抗弁については考慮せずに判断するといっているのだ。

(国賠法)
第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。


 しかしながら訴訟においては、事実の主張は当事者の責務であるが、法の適用は裁判所の職責である。この事件では被告らが市立幼稚園に勤める公務員であること、教育活動に従事していることなどはすでに主張されているようであるから、裁判所が「公共団体の公権力の行使に当る公務員」にあたるかどうかを判断するための材料となる事実はすでに当事者から提出されているように思える。もちろん抗弁には権利を行使するという明確な意思の表示がなければ法規の適用がなされないという権利主張抗弁といわれるものがある。しかし、国賠法1条1項は権利主張抗弁にはあたらないだろう。なぜならば、国賠法1条1項の趣旨は公務員が直接訴えられることを恐れて委縮し、国あるいは公共団体の活動が委縮しないように配慮するという公共性にあるのであるから、個々の公務員の私権というよりはむしろ公益に重点のおかれた規定であるといえるからである。そうであるならば上記の裁判所の判示は誤りであるというほかはない。そして最高裁判所が中学校教諭の指導などの教育活動に従事する公務員を「公権力の行使に当たる公務員」としていることからすれば、本件のような幼稚園の教諭についてもこれを区別する必要性は見いだせない。

 まあ、しかし裁判所の判断も疑問なのだけれど、被告側の代理人がなぜこの点について争わなかったのかも疑問なのだ。むしろ代理人がこの点をきちんとしていれば、このような判決が下されることもなかったといえるのかもしれない。

補足
 もっとも公務員の教育活動のみが直接の不法行為責任の追及から免れることができるという点については批判がある。公教育の教官の教育活動を私教育の教員の教育活動と区別する理由はないからだ。これはこれで重要な問題であるし、そのために裁判所が本件のような判断を下したともいえるのだけれど、本エントリの論旨がぼやけてしまうので今回は棚上げにしておく。
posted by battlerock at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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